◆第15号 事故でなくなった次兄のこと
【 不惑直前! 人生の折り返し地点にて、しばし振り返りを】
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◆ 今日のコラム ~ 事故でなくなった次兄のこと ~
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◇ 昭和35年 長兄誕生 昭和36年 次兄誕生
両親が結婚して翌年、兄が生まれ、年子で次兄が生まれた。
私とは5歳違い。ちなみに、私の下に3歳違いの弟がいる。
次兄は中学生の頃から、朝が起きられずグズグズ遅刻するようになった。
(母は、しつけや教育にも厳しい人でした!!)
朝寝床から起きてこない次兄を、
竹の1メートルさし (おお!昭和のにおい) で
ビシビシ、たたいて学校へ行かせようとしていたのを覚えています。
しかし、是が非でもふとんから離れない兄。
そのうち業を煮やした母は、捨てぜりふ。
「そんなんやったら、一生学校へ行かんでいい!」
と叫び、通学カバンを外へ投げ捨てる。
私は、そっと弟を連れて小学校へ向かう。
※実は、その時の自分が何を思っていたのか、
何を感じていたのか、まったく覚えていません。
◇◇ 遺伝
どうやら、次兄は父の遺伝子疾患を継いでいたようで、
ある時から、卒倒性の発作を起こすようになった。
そして、精神はだんだん幼児退行をはじめた。
15歳を過ぎても、
私とのチャンネル争いに、本気で殴りかかってきた。
もう、判断力がなくなっていたのだと思う。
でもその頃は、やっぱり兄に対しても、
病気がそうさせていることを、私は理解できなかった。
ただただ、訳の分からない兄がイヤだった。
とにかく、ケンカを避けたかった。
◇◇ 教会の移転 ( = 生家の引越し)
ひょんなことから、
大阪市内 → 三重県の海沿いの集落
へ、引越しが決まった。
元旅館を居抜きで買い上げ、神殿を増築した新しい教会。
既存の建物には、大浴場と3畳くらいの浴槽を持つ小浴場があった。
引っ越したのは平成2年。
その頃の私は、奨学金で出させてもらった大学の、
付属高校の『教師&舎監』として、奈良に住んでいた。
弟も系列校の学生だった。
寮務室から、電話の呼び出し放送が入り受話器をとると、
長兄からだった。
「●●(次兄)が、風呂の浴槽に落ちて亡くなった。」
「 ??? ・・・ !!! 」
家族の誰かが、いつも必ず側についていたのだが、
真夜中に部屋を抜け、風呂場へ1人で行ったらしい。
朝になって、部屋にいないことに気付いた母が探し、
発見した時には手遅れだった。
私は、弟に連絡を取り、近鉄電車に飛び乗った。
◇◇◇ 土地のしきたり
この年2度目の葬儀。
1度目は、移転直前、大阪で祖母の葬儀を出した。
この土地では勝手が違った。
逆縁の場合、親は最後の見送りに火葬場までついていけない。
出棺の時、母は棺から離れなかった。
厳しい向き合い方しかしないし、激しい言葉でなじる母だったが、
次兄を愛していたことを、その背中が語っていた。
誰もしばらくは、声をかけられなかった。
oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○
後悔は山ほどある。
どうして、もっと父を見舞わなかったんだろう?
どうして、もっと次兄に優しく接しなかったんだろう?
愛ってなんなんだろう?
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◆ つぶやき
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◇ 母なればこそ
次兄を風呂場で発見した瞬間の母に、自分を重ねてみる。
私は、同じ行動が取れただろうか?
母なればこそ、
気丈な精神力と信仰心で持ちこたえたのだろう。
◇◇ 時限爆弾
「HD」への恐怖。
もし、私がこの遺伝子を持っていたら・・・。
oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○
毎回言います!!
「だんだんハッピーな人生になりますから~♪
でも、このペースだともう少しかかりそう(笑)」
《次号より予定》
○両親の夫婦喧嘩 ○遺伝子疾患を持っていた父のこと○チョーわがまま娘の母のこと
○事故でなくなった次兄のこと●痴呆症の祖母のこと●神様のこと
●不良・バイク●水商売・クラブ活動●教師&舎監●遺伝●盗聴器●出会い●結婚
●DNA診断●不妊症●ギャンブル・・・
◇◇◇ こちらもいかが? 私のレポートです。(笑)
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