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◆第23号  遺伝

【 不惑直前! 人生の折り返し地点にて、しばし振り返りを】

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◆ 今日のコラム        ~ 遺伝 ~
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◇ 平成2年

私自身は、教師&舎監として附属高校で勤めていましたが、
実家である教会や、母を始め家族にとっては激動の年でした。


1月、祖母が亡くなる。

7月、大阪から三重へ教会(=実家)が移転。
   土地売却、および移転先での増築。

   バブルの終わりごろ、もっとも良い値で売れた土地代に、
   親戚・信者入り乱れての仲たがいが始まる。

   結局、母の周りに残ったのは一部の人だけでした。

9月、次兄の事故死。

何もかもが落ち着かないまま、明けて3月、
私は教員を辞し、サポートの目的で実家へ帰りました。

◇◇ 4年間


家を離れた期間が、大学4年生の時から4年間。

三重へ帰ってからも約4年、なんとか母と上手くやろうと努力した。
でも、毎日の生活の中、徐々にあつれきが生まれてくる・・・。


まったく知らない海べりの土地。
海水浴シーズン以外は、人の出入りも少なく、
海苔や牡蠣の養殖をするようなところ。


たまに訪れるにはいい。
海は青く、空は澄み渡り、人はやさしい。


   ただ、それだけ。


外で働こうにも仕事がない。
村役場や、農協・漁協は地元の有力者の息子や娘で満員。

だんだんイライラが高じてきて、母や長兄とも険悪になりました。

また、この4年の間にお見合いも何度かさせられました。

相手の方には申し訳なかったのですが、私は頭から断る気で出向きます。


なぜなら「私は、発病の危険性を伴う遺伝子を持っているから。」


 ・こんな遺伝子を残してはいけない。
 ・私のように不安な人生を、我が子にたどらせたくない。
 ・夫を愛したなら、きっと子供が欲しくなるだろう。
 ・いや、誰でも子供は欲しいだろう。


「だから私は誰とも結婚しない。」

適齢期を迎えても、ずっとそう思っていたのです。


◇◇◇ モラハラ


言葉や態度で人を精神的に追い詰めることを

   『モラルハラスメント』   というそうです。


職場や夫婦間で注目され始めた言葉ですが、
親子の間で、当事者に問題意識のないまま繰り広げられている事の方が、
根が深いと思うのです。

親の言葉に、子は従おうとする。
しかし、理不尽な言葉に心はバランスを失う。

混乱はやがて緊張を生み、不安は罪悪感となって自らを追い詰める。

  『モラルハラスメント』 = 『精神的な暴力』

母は衝突するたびに、

 「お前は父親の血を引いている。」 と、言いました。

当たり前のことなので、みなさんにはピンと来ないかもしれませんが、


  父親の血 = HD遺伝子 = 発病 = 死


ということなのです。


  母親だけは「他人」。


私にはいまだに、「ドアを最後まで閉めない」という悪癖があるのですが、
これは子供の頃の名残り。


大きな音を立てて閉めると、決まって母に

 「父親と一緒で、力加減ができない!」

と、言われ続けたから。

また、指先からポロッとものを落とすと、

 「末端神経からやられるからね、あの病気は・・・。」

と、言葉の刃が突き刺さる。

なんで、そんなこと言うんですかね~???

よほど、進行形で父が憎かったんでしょうが、
恐怖と悔しさで私は、どんどん・・・。


どんどん・・・。

どんどん、「大人の反抗」を始めました!!


へこたれません!(笑)
なんとか大阪へ戻ろうと、仕事を探してもらったりもしました。


で、28歳の秋。

母の望む見合いを断り、またしても

  「みっともない!!!」

といわれた私は、わざと大喧嘩をぶって着のみ着のまま家を出ました。


いざ、住み慣れた街、大阪へ♪

最初に手を差し伸べてくれたのは、友達。


しばらくしてから、
当時付き合っていた人にお金を借りて部屋を見つけ、
ようやく念願の『1人暮らし』を始めました。

oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○ oΟ◯"..o○


神様への反抗は、胸の中にありました。


  あなたは何をしてくれるのですか?


でもそう思いながら、いつも恐怖と背中合わせなのです。


  こんな私が救われるわけはないのだ、と。

  らせんは、命継ぐ限り断ち切れることはないのだ、と。


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◆ つぶやき
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◇ 10年前にやっとけよ


「家出するなら、18歳まででしょう!」


友人や従兄弟たちにも、笑われてしまいました。

そうだよね~。
そんな年でカバン1つで電車に飛び乗ったんだから、恥ずかしい話です。