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◆第78号 【1日遅れの配信です】

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1.今日のコラム ~ 1日遅れの配信です  ~
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◆ 実は・・・


先週日曜日に、大阪で
【『選ばれる』カウンセラー・コーチ養成セミナーin大阪】を、開催。


明日の、東京セミナーに向けて準備をしていたところ、
木曜朝、奈良に住む従姉から

 「パパが未明に、亡くなりました」  との、突然の訃報。


中2日で関西へ取って返し、木曜に通夜、昨日葬儀を終えて帰京しました。


今日は、『妻とはできないこと』と
先週いただいた、男性のご意見を紹介しようと思っていたのですが、
少し、この叔父夫婦のことを書かせてください。

叔父は、母の妹のだんな様。

なので、直系の親戚ではないのですが、従姉が1つ年上だったので、
私は、姉妹のように可愛がってもらいました。


かつてメルマガにも書いたとおり、私の父は私の幼少期から、
遺伝子疾患により、心身ともにバランスが狂いはじめ、
10歳ごろに入院、4年余りで他界します。


この叔父は、私にとって父親のような存在でした。

◆◆ 昭和9年生まれ、行年73歳


といっても『優しい父』のイメージではありません。


昭和ひと桁、東京生まれ。

激動の戦後をくぐりぬけ、
大阪から東京へ美容を学びに出ていた叔母と知り合い、やがて結婚。

激貧の中、大阪へ夫婦で戻ってきます。


やがて、経理の特技を活かしてそろばん塾を開業し、その後、
私たち世代の『偏差値重視』教育を背景に、学習塾へ移行。

あっという間に、自社ビルで塾経営を行うまでになりました。


その手腕、鋭敏にして、かつワンマンなところもいっぱい!

教育方針も厳しく、
思春期にヤンチャをしていた私や従姉は、ずいぶん叱られたものです。

畏敬というより、畏怖に近い「コワイ人」!


ですが今にして思えば、表現が不器用だったのでしょうね。

◆◆◆ 夫として


成人してから後、叔母に聞いた話ですが。


あごひげをたくわえたダンディな叔父には、
浮いた話も1つや2つじゃなかったようです。


でも、叔母は毅然としてそれぞれを受けとめていました。

病気を機に叔父がリタイヤして、ようやく夫婦の静かな暮らしが
始まったといいます。


それまでは、仕事もプライベートもまさに内助の功。

腹の据わった叔母なくしては、叔父もここまで成功していたかどうか。


式場へ駆けつけた私に、叔母が最初に言った言葉は、


「さとえ、叔母ちゃんはね、やりきった。

 そやから、1つも悔いはないんよ」

会葬者への挨拶に立つ叔母は、充実感からか、
うっすらとしたほほ笑さえ口元に滲ませていました。

『妻』としての半生。


『夫婦』であることを、
もう少しこの叔母と話してみたいと思い、帰途に着きました。


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