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◆第96号 【「亡くなる」ということは】

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1.今日のコラム  ~「亡くなる」ということは~
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◆ コーチングの手法として

先週末、奈良へ行っておりました。

実は・・・。
9日、奈良に住む最愛の叔母が亡くなったのです。


20年前に乳がんを患い、ほぼ完治していたと思うのですが、
約5年前に肺がんが発見されました。

行年72歳。

平均寿命には達していないけれども、けっして短命ではなかった。
でも・・・、あまりにも早い別れでした。

以前、メルマガやヤフーセカンドライフの記事の中で

 ・あなたは、自分の臨終をどのように迎えたいですか?

と、質問させていただきました。


コーチングではその答えに基づき、
「今」の生き方を考えるのが目的なのですが、
今回、叔母の急逝にあたり、
自分の伴侶・家族が亡くなった時のことも、考えて頂きたいと思いました。

◆◆ その時何を感じるのか

私が今、虚無感に苛まれているのは、
叔母の死が、入院からわずか3日で訪れたこと。

しかも、叔母は夫である叔父を追いかけるようにして逝ってしまったのです。

メルマガでも少し触れましたが、叔父は昨年11月30日、逝去。

糖尿を長く患っていたのですが、こちらも、旅行から帰宅し容態が急変。
1週間ほどの入院で、その生涯を終えました。


私の母はいつも忙しく、叔母は、私にとって幼い頃から母代わり。

中学時代に荒れていた私の保護者として、
学校からの呼び出しにも母の代わりに出かけてくれた人でした。

すべてを受け入れてくれる「愛」にあふれた人でした。


 「さあ、これから叔父の分まで、叔母孝行するぞ!」


そう決めた矢先の出来事だったのです。


 「待って!まだ何も返せてない!!」

普段、私は神様に感謝は捧げても、願いを訴えることはほとんどしません。

けれど、この時は必死に願いました。

叔父にも願いました。

 「連れて行かないで!」


けれども、その願いは届かず・・・。
従姉から訃報を告げる電話が入ったのです。

◆◆◆ 亡くなるということは


久しぶりに号泣しました。
嗚咽が止まらず、何を見ても哀しい気持ちになってしまう・・・。


私はプロのコーチとして、
セルフコントロールも、常に意識しています。

でもね・・・。
外的な要因には、無防備でした。


 『亡くなる』ということは『会えなくなる』ということ

この先、人生の先輩である叔母のいろんな話を聞きたかった。
東京案内もしてあげたかった。

でも、もう会えない。


多くの人は、自分や誰かの『死』を考えながら生きてはいません。
けれどもそれが突然やってくる可能性は、充分にあるのですね。


 ・パートナーの死を考えたことはありますか?

 ・家族の死を考えたことはありますか?

日常の中では腹のたつこともいっぱいありますよね^^
だけど、突然会えなくなったとしたら、

   「後悔しない」 と言い切れますか?

叔母の遺影は桜の中で微笑んでいました。